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OTARU PARK STREET CHURCH, United Church of Christ in Japan , Founded July 20, 1902

電話でのお問い合わせは0134-22-2859

〒047-0024 北海道小樽市花園4-20-18

小樽公園通教会についてcompany


 わたしたちの教会は、1902年に創立された伝統あるキリスト教の教会です。現在はプロテスタントの日本キリスト教団に属しており、2012年には創立110周年を迎えました。

 信徒が積極的に教会を支えるという会衆主義教会の良き伝統、そして教会に集う者はみな「神の家族」であるという、世代を超えたつながりを大切にしています。

 神さまに愛されている喜びを感じながら、この場所に集うひとりひとりが大切にされ、違いを超えて、恵みを分かち合って生きる喜びを知ることのできる、そんな教会でありたいと願っています。

 わたしたちは隣人の生活・家族・いのちを奪う戦争に反対します。
 神さまが教えてくださった本当の平和を実現するために祈り続けます。
 また、あらゆる差別に反対し、重荷を負う人と共に立ち続けます。

 現在の教会堂は1926年に献堂され、「小樽市指定歴史的建造物第29号」として指定されています。現在も生きた礼拝堂として、人々の信仰の息吹を伝え続けています。

 教会はすべての人に開かれた場所です。
 キリスト教について知りたい方、礼拝に参加してみたい方、どなたでも、ぜひ一度小樽公園通教会へお越しください。

 教会員一同、心からお待ちしています。


牧師紹介

白ア 智之(シラサキ トモユキ)
 1958年稚内生まれ 旭川にて青春時代を過ごし社会人を経て神学校(鶴川学院農村伝道神学校)で学ぶ。
 神奈川教区で藤沢大庭教会を18年かけて設立(新規「伝道」)、2006年より北海教区帯広教会牧師。
 2015年4月より小樽公園通教会牧師。


 ■大切にしていること           ■趣味
  楽しい教会づくり             ソロギター (クラシック、映画音楽、ブルース等)
  楽しい仲間づくり             二胡 (中国楽器)
  楽しい宣教活動              ポッピンダンス
  聖書は古典としても読む
  平和と人権の闘い


教会略史

1897年
札幌の宣教師ローランド博士、田中兎毛牧師が小樽を伝道地と定めて信者宅で集会を始める。
1902年7月20日
借家を転々としていたが、現在の敷地(借地)に礼拝堂・牧師館の献堂式が挙行され、本格的な宣教活動が始まる(会員数19)。以後、この日を教会創立の記念日とし、毎年この日に近い聖日に教会創立記念礼拝を実施している。
1908年8月15日
会堂に狭隘さを感じて(会員数60)、会堂・牧師館を再建し、献堂式を挙行。
1915年7月
日本組合基督教会へ正式加入。正式名称「日本組合小樽基督教会」となる。
1923年12月
地主から会堂敷地の買入又は明渡しの通告を受け、総会に諮るいとまもなく有志らの決断に刺激され、次々と献金の申し出があり、二日間で所要額に達する。翌年4月、会堂敷地を購入。
1926年11月6日
日曜学校を教会学校と改称。また、教勢急進して会堂の狭隘と共に建物の腐朽を感じて(会員数104)、三代目となる新会堂の献堂式を挙行。
1936年7月
墓地納骨堂完成。創立記念礼拝後、最初の納骨式を挙行。
1938年
ケーリ事件(※1)
1941年6月24日
日本基督教団創立。「日本組合小樽基督教会」を「日本基督教団小樽公園通教会」と改称。
1991年7月23日
小樽公園通教会会堂、小樽市歴史的建造物第29号の指定を受ける。
1997年4月
「大人とこどもが共に守る礼拝」を毎主日礼拝で開始。
2002年7月
教会創立100周年を迎える。
2004年7月
『創立百周年記念誌』を発行。
(※1)ケーリ事件について
 1937年10月20日、札幌組合教会の牧師は、北海道部会の提携宣教師たるフランク・ケーリに対し書面を以て、ケーリが戦争に対し非協力的だとして善処方を要望してきた。これに対し、当時の岸本牧師はケーリを擁護、上泉四郎など同士と共に種々奔走したが残念ながら翌年1月ケーリの休暇帰米を見るに至った。当時アメリカ行きの船はなく、ケーリは大変な苦労を経て帰米。1938年、小樽公園通教会は本部並びにアメリカンボード宛、ケーリ先生ご来樽懇請状を発送。翌年1939年9月2日、ケーリ帰樽。同月12日、松山に転任。
 戦争反対を理由に脱退して無教会に入ったといわれる信徒もあったし、ケーリは既述の勧告に関連して組合教会会長に出した辞表に添えた書面の中で、「自分は戦争と基督の教訓との調和を見出し得ない。私は日本の戦争だけに反対するのではない。米国に居ても反対する。米国の戦に反対する者が日本の戦争に賛成することはできない。問題の根幹は私の戦争に対する常識にある。」と言っているが、好むと好まざるに関わらず日本国民は戦の渦中にあった。教会も例外ではなかった。しかし「反戦は自分にとってのコモンセンス(常識)」とのケーリの言葉の重みは、現在も小樽公園通教会の平和への思いへとつながっている。